CREFAN PROJECT

一人の女性が、南極を目指す

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澤口真里佳

WHY ANTARCTICA

なぜ、南極を目指すのか

喜望峰

2019年、南アフリカ共和国のケープ半島南端にある喜望峰に私は立った。 晴れ渡る空。 吹き荒ぶ風。 岬は、岩と丘がでこぼこと連なり、複雑な海岸線が海へせり出している。 その向こうに、どこまでも続く海。 水平線には何も見えなかった。 私はそこに立って、 「この先へ行きたい。」 と思った。 この先には何があるんだろう。 この先にも、土地ってあるのかい。 帰りのバスでマップを開き、喜望峰から南へ、画面を滑らせた。 海の先に、白い大陸が現れた。 ああ、南極かあ。 そうやって、私の中に「あの向こうへ行く」という衝動が生まれた。

旅が止まり、身体も停止する

喜望峰から約4か月後、コロナ禍が始まった。 国境が閉じ、旅は止まった。 私の中に芽生えた「あの向こうへ行く」という衝動も、その波に飲まれた。 役所へ通い続けるうちに、身体の調子を崩した。 血尿が出た。 そして、ある朝、起き上がれなくなった。 高熱があるわけではない。検査をしても、はっきりした原因は見つからない。 頭が動かない。 頭が働かない。 出来事を順番に並べられない。 エピソードトークも喋れない。 自分の身に何が起きたのかわからず、 「具合が悪いんです」 それしか言えなかった。 喜望峰に立っていた自分がどこにいるのか分からなくなった。

何を植えたいのか、決められなかった

休職中、職場の後輩に誘われて畑を借りた。 何を植えてもいい、小さな区画だった。 トマトか。 キュウリか。 それさえ決められず、両親に電話した。 「普通は、何を植えるの?」 役所で働くうちに、私は周囲へ尋ねることが増えていた。 「普通はどうするんですか」 「皆さんなら、何を選びますか」 自分には常識が足りない。だから、周囲の意見を聞いた方がいい。 そう考えているうちに、自分はどうしたいかを人に預けるようになっていた。 トマトが好きならトマトを植えればいい。 その発想さえ、出てこなかった。 苗を選ぶ。 植える。 育てる。 虫が来れば、どうにかする。 一つずつ、自分の判断力を使い直した。

忘れてしまった大切な何か

その頃から、私はずっと、何かを忘れている気がした。 何なのか、思い出したい。 何を忘れたのかは、分からない。 それでも、どうでもいいものではないことだけは分かる。 私の人生から、中心にあったはずの何かが抜け落ちている。 復調した後の暮らしの中で、ご飯も食べ、畑にも行き、友人とも話すことができる。 けれど、どこか決定的なところで、欠けている。 何を探しているのか分からないまま、探していた。 食べても、眠っても、土に触れても、 忘れたことを忘れられない。 それだけが残っていた。 倒れる少し前、私は太宰府天満宮を訪れていた。 そこで、足首に結ぶ紐のお守りを買った。 願ったのは、 「忘れてしまった大切な何かを、思い出したい。」 だった。 その願いをしたことさえ、やがて忘れて、紐だけが、足首に残っていた。

ある朝のこと

2022年12月、北海道の洞爺湖で開かれるリトリートに参加を決めた。 久しぶりの遠出。 飛行機を、電車を、高速バスを乗り継いだ。 滞在は、2泊3日。 宿に着いて眠った。 次の日も、よく眠った。 そして、帰る日の朝。 目を覚ましたとき、分かった。 「やっぱり、旅だ。絶対、旅だ。」 間違いない、と思った。 忘れていたものは、旅だった。 その瞬間だった。 本当に、まったく同時に。 足首に結んだ紐が、切れていたことに気づいた。 私は、私が何を願って結んだかを、旅を、自分を思い出した。 翌年、2023年の春、役所を辞めた。 そのあと友人に会った。 友人は、何気なく言った。 「さわでぃ、どっかに行きたいって言ってたよねー?」 そこで、やっと思い出した。 喜望峰に立ったこと。 水平線の向こうへ行こうと思ったこと。 その向こうに、白い大陸が現れたこと。 旅を思い出したあとで、南極も蘇った。

7年

喜望峰に立ち「この先へ行きたい」と思った2019年から、7年が経つ。 その間、世界はコロナ禍に入り、私は身体を壊した。 旅そのものを忘れ、畑で心身を治療し、洞爺湖で全てを思い出した。 役所を辞め、地域冒険家として各地へ出かけた。 南極へ行った人を探した。 南極への行き方を知ってそうな人を探した。 研究者にも会った。 どうやって行けば面白いかを、何人もの人に聞いた。 行けない理由は、たくさんあった。 コロナ。 体調。 仕事。 お金。 けれど、一番大きかったのは、 「自分の願いを、人前に出せなかったこと」 だったと思う。 私の願いは誰かを救うためでも、社会問題を解決するためでもない。 自分一人で働いて、自分一人で貯めて、自分一人で行くべきではないか。 個人的な願いのために、人の力を借りてもいいのか。 「行きたい」には、ずっとYes! 「助けてほしい」には、ずっとうーん……だった。

10万円

2026年6月、隠岐・海士町で付き合いのある方から封筒を手渡された。 封筒には「南極支援金」と書かれていて、中には10万円が入っていた。 「あなたに南極へ行ってほしい」 という願いが、私の願いより先に、形になって現れた。 戸惑いながら10万円を受け取ると、もう私一人の「行きたい」ではなくなっていた。 その10万円を持って高野山へ向かった。 そこでも、応援していると言われた。 佐渡の仲間に相談すると、全国を回りながら残りの資金を集めようという話になった。 最近仲良くしている、東日本橋のおじさんからは、電話が来た。 「南極に向かって、腹を括れ」 もう、うーんでは済まない。 私は、行くと決めた。

真っ向勝負で、クレファンをやる

南極へ行くためには、約250万円が必要になる。 海士町で受け取った10万円を除く、残り約240万円。 そのために立ち上げるのが、 クレイジー・クレジット・くれ!ファウンディング 略して、クレファンです。 やろうとしていることは、単純です。 私は、南極へ行きたい。 そのためのお金を、ください。 格好のいい理由を足しません。 私が行きたいから、行きます。 そのうえで、これまで関わってきた子どもたちには、この背中を見せたいと思っています。 クレイジーは、少し無茶なこの挑戦。 クレジットは、これまで人や土地との間につくってきた信用。 そして最後は、まっすぐ頼む。 「くれ(ください)!」 残り約240万円。 全国を巡りながら、南極へ行くための資金を募ります。 子どもの頃、机で公文をしながら、外の世界を思っていた。 あの、重たく、分厚い、玄関の扉を開けて。 私は、南極へ行く。 この先にも、世界は続いている。 それを、自分の目で確かめてきます。

澤口 真里佳|ジャスミン

ABOUT

澤口 真里佳|ジャスミン

地域冒険家。「偶然のさわでぃ」。 自治体職員などを経て、現在は新薬開発に取り組むスタートアップで、補助金申請や経理業務に携わる。 約10年前から、日本各地や海外を訪ね、その土地に残された歴史と、いまを生きる人の言葉や振る舞いを観察してきた。 1人に話を聞いて終わるのではなく、異なる立場の人に同じ問いを投げ、時間を置いて再び訪ねる。地域の外から記録するだけでなく、行事の運営や教育活動にも加わる。 同じ地名を異なる場所で三度聞いたら現地へ向かう「三回ルール」を持つ。 南極は、その例外である。 誰かに呼ばれた場所ではない。 自分から行きたいと思った場所だ。

午後4時半

学習机に向かって、公文を解く。 窓の外には、まだ明るさが残っていた。西日が部屋の奥まで入り、机の上の紙を斜めに照らしている。 左後ろの台所では、母が夕食をつくっていた。 気持ちの半分は、目の前の問題に向かっている。 もう半分は、 「基本、家にいたくない。」 だった。 私が机に向かっていれば、母は安心する。 だから、公文をする。 母は私を大切にした。 かなり、大切にした。 幼稚園で、鞄につけていたアンパンマンのチャームを誰かに切られた。母はその幼稚園をやめさせ、車で30分かかる別の幼稚園へ移した。 小学校受験をする予定もあった。けれど、毎日一人で電車に乗せるのは心配だと、受験は取りやめになった。 雨が降れば、学校を休む。 先生が信用できなければ、しばらく行かない。 私は、アンパンマンを切った子に、それほど腹を立てていなかった。 切り刻みたくなるときもあるよね。 しゃあねえよな。 そのくらいの感じだった。 幼稚園も学校も、どちらでもよかった。 母が安心するなら、それでいい。 ただし、家の外には出たかった。 母に勝つことでも、家から逃げることでもない。母が壊れず、自分もここに取り込まれず、外へ出ていける道を探す。 旅の最初の難所は、遠い国ではなかった。 家の玄関だった。

どっか行こうか

高校のあと、すぐには大学へ進まなかった。 みんなと同じように進学するか。 どっか行こうか。 卒業してから1年半ほど迷い、大学へ進んだ。 大学を卒業するとき、また同じ問いがやってきた。 就職するか。 どっか行こうか。 今度は、公務員になった。 就職したかったわけではない。 アフリカへの旅費が、必要だった。

旅は、日常

役所を辞めてから、私はまた各地へ出かけるようになった。 旅に出ると、よく眠れた。 あからさまに食欲が増え、身体の調子がよくなる。 移動、それは疲れる。 荷物を持って、電車や船を乗り継ぐ。知らない家に泊まり、初めて会う人と話し、予定通りにいかないことも多い。 それでも、同じ場所で同じ生活を続けているときより、身体は安定する。 私にとって身体の回答は正しい。 ここなら眠れる。 ここなら食べられる。 ここなら頭がよく動き、よく働く。 多くの人にとって、非日常であるはずの旅が、私には真逆のようだった。 知らない土地へ行き、人の家に泊まり、その気候風土に混ざる。 旅は、私の、穏やかな日常そのもの。

本音は、書いてない

私は、名所を巡っている。 その土地が、なぜいまの姿になったのかを知りたい。 誰が何を望み、誰のどんな意思が、未来を決めようとしているのか。 歴史には、起きたことが残る。 行政の資料には、決定したことが書かれる。 私たちの社会がそのように動いた理由は、こぼれ落ちる。 誰かへの悔しさ。 家族への想い。 本人にも説明できない執念。 表には名前の出ない人のひと言。 「本音は、書いてない。」 だから、現地へ行く。 1人に話を聞いて終わりにはしない。 10人に同じことを聞く。 言葉だけでなく、目を見て。 目を合わせなかったことも、沈黙も、観察する。 話と行動が一致しているかを確かめる。 一度で分からなければ、1年後、2年後にまた行く。 外から眺めるだけでは飽き足らず、祭りがあれば運営に入る。 学校へ呼ばれれば子どもたちの前で話す。 人と人がつながりそうなら、つなぐ。 土地へ入ることで、私も変わる。 私が入ることで、その土地にも何かが起きる。 そうして各地を訪ねる自分の活動に、つけた名前が「地域冒険家」だった。 私は、人の願いが未来になる瞬間を見たい。 「大事な瞬間に、ちゃんと立ち会える人間でありたい。」 そのためには、何度でも同じ場所へ。 通う。

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